こんにちは、エンチャイルドの広報担当、地球村山歩です。

  「若きウェルテルの悩み」ではありませんが、若いということと悩むということは同義語のようです。
 しかし悩みは若い時だけの専売特許かというとそうでもありません。
 生きることは悩むこととイコールではないかと思うほど、人生には次々と悩みというものが湧いてきますね。

 しかし若い頃にあれほど悩んでいたことが年を取ったら全く気にならなくなったということもよくある話です。年齢や性別、生活環境の違いによって悩みの種類も違ってくるものです。

1579683_s

 時代や文化によっても違いがあります。

 例えば、海外で暮らすようになって解消される悩みと新たに生じてくる悩みがあったりします。日本で生活しているときはひどく悩んでいたことが別の国(異文化環境)で暮らすようになったら全く気にならなくなったとか、またその逆もあるでしょう。

 悩みを欲求論の観点で考えてみると、人は欲求が満たされないとき、それを悩みとして抱くようになるということです。

 例えば、自分を受け入れてくれる仲間が欲しいという欲求、愛と所属の欲求が満たされないと、そのことが悩みになります。お金や地位があって生活することには何の不自由もないけれど、愛してくれる人がいないことが悩みになったり、所属するコミュニティー(仲間)がないことが悩みになるのです。

 欠乏欲求は不足が満たされるまで湧いてくるので、悩みもまた消えることはありません。

 正しく悩み、正しく悩みを解消するためには、正しく欲求を満たす必要があります。
 私は何を悩んでいるのか、何を欲しているのか、何が欠乏しているのか、です。
 何を悩んでいるかが正しく認識できれば、悩みは解消に向かいます。何を欲しているのか、何が欠乏しているのかが分かれば、これから自分が何をすべきか、どうすればいいのかも見えてくるでしょう。

 欲求は外からの刺激も受けますが、欲求そのものは内発的なものです。
 我慢したり、一時的な対処法で抑えようとしても、満たされない限り、欠乏感からは免れることはありません。つまり悩みが消えることはないということです。

 自立・共立の観点で言えば、自立とは自分の欲求を自分でコントロールできるようになるということです。

 悩みや欲求自体は悪いものではありません。「みんな悩んで大きくなった」(昭和世代のかたはご存じのフレーズですね?)ではありませんが、人は欲求があってこそ成長できますし、悩みや苦労をバネに強くたくましくなっていくものです。

 悩みや欲求の欠乏をいたずらに恐れず、ある意味では自分自身を客観視し、何が悩みなのか、どのような欲求が欠乏しているのかを正確に把握し、解決すべき課題として設定することがポイントです。

 ウイルスや細菌のように見えない存在は恐ろしいものです。
 正体が分かってくれば、接し方や付き合い方、克服方法や解決の手段も見えてきます。

 自立は自律という要素も含みます。文字どおり「汝自身を知れ」です。

 自立のポイントは、セルフコントロールとセルフモチベーションにあるということを申し上げておきたいと思います。

スクリーンショット 2022-04-07 232528

ENCHILD